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2009年1月31日土曜日

三日月湖 いじめ

 今にして思えば、やっかみだったのでしょう。それに担任が代わったばかりだし。
 一緒に行った副級長が過度のからかいの対象になった。
男女の同行をネタに、しつこく。見兼ねたその片割れの私が割ってはいった。待っていましたとばかり、その矛先が私に向かって来た。
 本来の標的は私であったのだ。相手から見れば、鴨がネギを背負って飛び込んで来た。シメシメと言ったところでしょう。集団いじめの始まりでした。

三日月湖 お見舞い

 新任の先生の提案であろう。級長の私と、副級長の女の子と二人が代表で女先生をお見舞いに行く事になった。
 弁天山の裾を通って延々と一直線の続く田んぼの中の道を、1時間は歩いただろう。
 襖越しに「有難う、ご免ね」とお顔も見ないまま、お母さんに見送られ乍ら、お別れをした。
 当時は未だ薬も無く、恐れられていた結核だったのかも知れない。
 その後再度転校した所為もあり、2度とお目にかかる事も無かった。好きな先生だった。




三日月湖 代用教員

薔薇(スーパースター)
2年と3年担当して戴いたその先生が病気で休職された。
 多分、学生で実習生の女性代用教員が担任になった。

 やる気満々、熱気のある先生だった。
音楽の時間「ドレミファソラシド」に違う「イロハニホヘト」だと子供達が頑張り、「級長どうなんだ」と問われ、「そうです」と答えた。先生は教壇で立ち往生、遂に泣いてしまった。
「先生は急用で帰られた」と、午後は代わりの先生から告げられた。その翌朝になって、休養中の先生にその原因を確かめに行った事が分った。子供心に申し訳なさと、ショックに近い感動を覚えた。
 因に、音楽とは唱歌だと心得て居た程度の私、後年、中学一年1学期中間試験、音楽は0点であった。ついでにも1つ名誉挽回のため、その学期末試験は姉の特訓のお陰で、満点であった事を申し添えます。

2009年1月29日木曜日

三日月湖 幻の主役

モリゾー・キッコロ朗読劇(ナディアパーク)
 学芸会は地域の大イベントであった。弁当持参の家族連れで講堂は一杯になる。
村単位で劇を上演する。3年生の学芸会。
 北山村は「カチカチ山」私は狸、大谷村は「養老の滝」、方の上村のは忘れた。
 当日の朝、養老の滝の主役”孝行息子”が熱を出して欠席との連絡が入った。さあ大変、楽しみの観劇は中止、養老の滝全員教室に集合。女先生の指揮下、急遽代役を猛特訓。その代役に私が抜擢された。
 その特訓の最中に本来の役、狸の出番。兎が背中に薬と称して、懲らしめの唐辛子を塗り、痛がって脱ぐ狸の毛皮が無い、仕方なく服を脱いだ。
 後日の反省会でそれを詰られた。言い分はあるが憤まんを堪えるしか無かった。
それで、話の本来、代役のほう、時刻寸前母親に連れられた孝行息子が到着。
 お役御免となり幻の主役となりました。



木曽三川上下流交流公開座談会

「木曽三川上下流交流公開座談会」〜水が通う・心が通う〜
本日、金山の都市センターに於いて、14:00から満員の聴講者の詰める会場で、
国土交通省、海津市、下呂市、揖斐川町、木祖村、名古屋市の各長ご出席のもと、名古屋市上下水道局司会で始まりました。
”森林を守るバナナくらぶ”も聴講者として出席し、
木曽三川上流から下流迄その沿線から沢山の資料を頂いて参りました。
ここには紹介しきれません。会に持ち帰りますので、ゆっくりと閲覧ください。

2009年1月28日水曜日

寂聴権僧正

 高校生の頃友人宅で、チラットお見掛けした事がある。彼の母親の女学校の先輩に当たるとかのご縁だとかだった。
 後年嵐山近くの嵯峨野に構えておられる庵を、仕事か、遊びかでの折、ご無礼にも”寂庵”見物に。   日が傾いた頃の門前に立ったとき。
散歩からのお帰りか、野花を一輪手に寂聴さんお一人が。
 付近は人通りも少ない静かな田園で真正面に、思わず黙礼をした。
ごく自然の微笑みで「いらっしゃい」と声をかけて下さった。後光が射していた様に覚えている。数十年も昔の話である。

一期一会の醍醐味 腕白小僧

 雨の愛・地球博
宝島「はじめ人間ゴン」の滑り台、猛スピードで駆け下りるのを注意したのが縁で、出会う度に「また来たよ」と挨拶に来る幼い弟を連れたリピーターの腕白小僧。ひと呼吸遅れてたどたどしく繰り返す弟。純真で無性に可愛い兄弟だった。